スポーツ中の肩関節の痛み

スポーツをしている方にとって、肩関節の痛みはパフォーマンスの低下や活動の継続を妨げる大きな問題となります。特に野球やテニス、バレーボール、水泳など、腕を繰り返し使うオーバーヘッドスポーツでは、肩に大きな負担がかかりやすく、痛みを訴える方が多くいらっしゃいます。

肩関節は、人間の体の中で最も大きく動く関節の一つです。上腕骨の先端にある球状の骨頭が、肩甲骨にある浅いくぼみ（関節窩）にはまり込む構造をしています。この関節は、多くの筋肉や腱、靭帯、関節包（関節を包む袋）に囲まれており、これらの組織が複雑に連携することで、腕をあらゆる方向にスムーズに動かすことができます。しかし、その大きな可動域ゆえに、スポーツでの繰り返しの負荷や、急激な動きによって損傷を受けやすい部位でもあります。

このページでは、スポーツ中の肩関節の痛みについて、その症状、診断方法、原因、代表的な病気の種類、そして治療法について詳しく解説していきます。肩の痛みに悩んでいる方はもちろん、予防に関心がある方も、ぜひ最後までお読みください。

肩関節の痛みの症状について

肩関節の痛みは、その原因や病気の種類によって様々な症状として現れます。

• 痛む場所: 肩の前面、横側、背面、上腕の付け根など、痛む場所は多岐にわたります。時には、首や腕、手にかけて痛みが広がって感じることもあります。
• 痛みの種類: 鋭い痛み、ズキズキとした痛み、鈍い痛み、重い感じ、だるさ、焼けつくような痛みなど、感じ方は様々です。
• 痛むタイミング:
  • スポーツ中に特定の動作で痛む: 例えば、投球動作の加速期や減速期、サーブを打つ瞬間、水泳のプル動作など、特定の腕の動きで痛みが出ることがあります。
  • スポーツ後に痛みが強くなる: 運動中は感じなくても、終わってから痛みが強くなるケースもあります。
  • 安静にしていても痛む: 夜間、特に寝返りを打った時に痛みが強くなることもあります。
  • 特定の方向への動きで痛む: 腕を上げる、後ろに回す、ひねるなどの動作で痛みが誘発されることがあります。
• その他の症状:
  • 可動域制限: 肩を上げにくい、後ろに回しにくい、髪を洗うのがつらい、エプロンの紐を結べないなど、日常生活での動作が制限されることがあります。
  • 引っかかり感、ゴリゴリ感、クリック音: 肩を動かすときに、何かが引っかかるような感覚や音がすることがあります。
  • 脱力感、力が入らない: 腕に力が入らないような感覚や、力がうまく伝わらない感覚があることもあります。
  • しびれ: 稀に、神経の圧迫によって腕や指にしびれを感じることもあります。

これらの症状は、ご自身の肩関節に何らかの異常が起きているサインです。放置せずに、早期に専門医の診察を受けることが重要です。

肩関節の痛みの診断方法について

肩関節の痛みを正確に診断するためには、様々な方法を組み合わせて行われます。

1. 問診: まずは、患者さんから詳しくお話を伺います。
   • いつから痛みがありますか？
   • どのような時に痛みますか？（スポーツ中、安静時、特定の動作時、夜間など）
   • どのようなスポーツをされていますか？（競技歴、練習量、ポジションなど）
   • 過去に肩の怪我や病気の経験はありますか？
   • 痛みの場所、種類、程度は？
   • 日常生活で困っていることはありますか？ これらの情報から、痛みの原因を推測する手がかりを得ます。
2. 身体診察: 医師が実際に肩関節を触ったり、動かしたりして、痛みの場所、関節の動きの範囲（可動域）、筋肉の張り、圧痛の有無、神経の圧迫などがないかを確認します。特定の動きで痛みが出ないか、引っかかり感がないかなども詳しく調べます。例えば、肩関節の特定の動きを制限するテストを行うことで、どの腱や筋肉が損傷しているかを推測します。
3. 画像検査:
   • X線（レントゲン）検査: 骨の変形、骨折、関節の隙間の状態、石灰沈着の有無などを確認します。
   • MRI検査: 骨だけでなく、腱板（けんばん）、関節唇（かんせつしん）、関節包、靭帯といった軟部組織の状態を詳しく調べることができます。炎症や損傷の有無、水腫（みずたまり）などを確認するのに非常に有効です。特に腱板断裂や関節唇損傷の診断には欠かせません。
   • 超音波（エコー）検査: リアルタイムで関節や筋肉、腱の動きを観察できます。炎症や水腫、腱板の損傷などを確認するのに役立ちます。動的な評価も可能で、特定の動作での痛みの原因を探ることもできます。

これらの検査結果を総合的に判断することで、痛みの正確な原因を特定し、患者さん一人ひとりに合わせた適切な治療方針を立てていきます。

肩関節の痛みの原因について

スポーツ中に肩関節が痛む原因は多岐にわたります。主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。

• オーバーユース（使いすぎ）:
  • 急激な運動量の増加や、特定の動作（投球、スマッシュ、サーブなど）の繰り返しによって、肩関節周囲の組織（腱、筋肉、靭帯、関節包など）に負担がかかり、炎症や損傷が生じることがあります。
  • 特に、投球肩や水泳肩など、特定のスポーツに特有の使いすぎによる障害が多く見られます。
• フォームの乱れ、体の使い方:
  • 不適切な投球フォーム、サーブフォーム、水泳のストロークフォームなど、体の使い方に問題がある場合、肩関節に不均等なストレスがかかり、痛みが生じることがあります。
  • 体幹の弱さや、股関節・下肢の柔軟性不足なども、肩への負担を増大させる要因となることがあります。
• 筋力のアンバランス:
  • 肩関節周囲の筋肉（特に腱板筋群）の筋力不足や、特定の筋肉の使いすぎによる筋力差があると、肩関節の安定性が損なわれ、痛みや損傷のリスクが高まります。
• 柔軟性の不足:
  • 肩関節や肩甲骨周囲の筋肉、関節包の柔軟性が不足していると、関節の動きが制限され、特定の動作で痛みが生じやすくなります。
• 急性的な外傷、損傷:
  • 転倒して肩を強打したり、衝突したりするなど、急激な外力が肩関節にかかることで、骨折、脱臼、靭帯損傷、腱の断裂などが起こることがあります。
• 不良姿勢:
  • 猫背などの不良姿勢は、肩甲骨の位置を変化させ、肩関節の動きを阻害し、肩への負担を増大させることがあります。

これらの原因が単独で起こることもあれば、複数組み合わさって痛みを引き起こすこともあります。

肩関節の痛みの病気の種類について

スポーツ中の肩関節の痛みで考えられる代表的な病気には、以下のようなものがあります。

• 腱板炎（けんばんえん）／腱板損傷（けんばんそんしょう）:
  • 腱板は、肩を上げたり回したりする際に重要な役割を果たす4つの筋肉（棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋）の腱の集まりです。
  • 腱板炎は、使いすぎなどによりこれらの腱に炎症が起こる状態です。
  • 腱板損傷は、腱板の一部が切れたり、完全に断裂したりする状態です。投球動作の繰り返しや転倒などによって起こることがあります。肩を上げるときに痛みが出たり、力が入らなくなったりするのが特徴です。
• 上腕二頭筋長頭腱炎（じょうわんにとうきんちょうとうけんえん）:
  • 上腕二頭筋の長頭腱に炎症が起こる病気です。肩の前面に痛みが出やすく、特に腕を上げる動作や、重いものを持つときに痛みが強くなります。
• 肩峰下インピンジメント症候群（けんぽうかインピンジメントしょうこうぐん）:
  • 肩を上げる際に、肩の屋根（肩峰）と上腕骨頭の間で、腱板や滑液包が挟まり込み、炎症や損傷を起こす状態です。特に腕を上げる際に痛みが出やすいのが特徴です。
• SLAP損傷（スラップそんしょう）／関節唇損傷（かんせつしんそんしょう）:
  • 関節唇は、肩甲骨の関節窩の縁にある軟骨のクッションで、関節の安定性を高める役割をしています。
  • SLAP損傷は、関節唇の特に上部（二頭筋長頭腱の付着部）が損傷する病気で、投球動作の繰り返しや、転倒で手をついた時などに起こりやすいです。肩の奥の痛み、引っかかり感、力が入りにくいなどの症状が出ることがあります。
• 動揺性肩関節（不安定症）:
  • 肩関節の関節包や靭帯が緩んでいるため、関節が不安定になりやすい状態です。スポーツ動作中に肩が抜けそうな感覚（亜脱臼）や、実際に肩が外れてしまう（脱臼）ことがあります。
• リトルリーガーズショルダー（上腕骨近位骨端線離開）:
  • 成長期の子どもに特有の病気で、投球動作の繰り返しによって、上腕骨の成長軟骨板（骨端線）に負担がかかり、炎症や損傷が生じる状態です。投球時に肩に痛みが出たり、球速が落ちたりすることがあります。
• 石灰沈着性腱板炎（せっかいちんちゃくせいけんばんえん）:
  • 腱板の中にカルシウムの結晶が沈着し、炎症や激しい痛みを生じる病気です。特に夜間に強い痛みが出ることがあります。
• 投球肩（とうきゅうけん）:
  • 野球のピッチャーなど、投球動作を繰り返す選手に多く見られる肩の痛みの総称です。腱板損傷、SLAP損傷、インピンジメントなど、様々な病態が混在していることが多いです。

これらの病気は、症状が似ていることも多いため、自己判断せずに専門医の診断を受けることが大切です。

肩関節の痛みの治療法

肩関節の痛みの治療は、その原因や病気の種類、痛みの程度、患者さんの年齢や活動レベルなどによって様々です。当院では、患者さん一人ひとりに合わせた最適な治療プランを提案いたします。

1. 保存療法（手術以外の治療法）:
   • 安静と活動制限: 痛みが強い時期は、一時的にスポーツ活動を制限し、肩関節への負担を減らすことが重要です。しかし、全く動かさないと関節が硬くなることもあるため、医師の指示に従い、無理のない範囲で日常生活を送るようにします。
   • リハビリテーション（運動療法）:
     • ストレッチ: 肩関節や肩甲骨周囲の筋肉、関節包の柔軟性を高めます。特に、硬くなった筋肉（胸筋、広背筋、肩甲挙筋など）や関節包を重点的に伸ばします。
     • 筋力トレーニング: 肩を安定させるためのインナーマッスル（腱板筋群など）や、肩甲骨を安定させる筋肉（菱形筋、前鋸筋など）、体幹の筋肉を強化します。バランスの悪い筋肉を強化し、左右差をなくすことも重要です。
     • 動作指導: スポーツ動作（投球、サーブ、水泳のストロークなど）のフォームの改善や、体の使い方を見直すことで、肩関節への負担を減らします。正しい体の使い方を身につけることは、再発予防にもつながります。
   • 薬物療法:
     • 非ステロイド性消炎鎮痛剤（NSAIDs）: 痛みを抑え、炎症を和らげるために内服薬や湿布が処方されます。
     • 筋弛緩剤: 筋肉の緊張が強い場合に用いられることがあります。
   • 物理療法:
     • 温熱療法／寒冷療法: 炎症が強い急性期には冷やし、慢性的な痛みには温めて血行を促進します。
     • 電気治療（低周波、超音波など）: 痛みを和らげ、筋肉の回復を促します。
   • 注射療法:
     • ヒアルロン酸注射: 関節の滑りを良くし、痛みを軽減するために行われることがあります。
     • ステロイド注射: 強い炎症がある場合に、炎症を抑えるために用いられることがあります。効果は一時的ですが、痛みを軽減し、リハビリテーションを進める上で有効な場合があります。
   • 装具療法: 必要に応じて、サポーターやテーピングなどを使用し、肩関節への負担を軽減することがあります。
2. 手術療法:
   • 保存療法を十分に行っても痛みが改善しない場合や、腱板の完全断裂、広範囲な関節唇損傷、反復性肩関節脱臼などで、手術が有効と判断された場合に検討されます。
   • 関節鏡視下手術: 小さな切開でカメラを挿入し、関節内を直接観察しながら、腱板の修復、関節唇の縫合、骨の処置（骨棘の除去など）を行うことができます。低侵襲で回復も比較的早いのが特徴です。
   • 直視下手術: 関節鏡では対応できない広範囲な損傷や、複雑な病態の場合に行われることがあります。
   • 人工関節置換術: 関節の損傷が非常に重度で、日常生活に著しい支障をきたす場合に、人工関節に置き換える手術です。スポーツ復帰が難しい場合もありますが、日常生活の質を大幅に改善できます。

手術が必要となるケースは限られていますが、もし手術が必要と判断された場合でも、患者さんと十分に話し合い、最適な治療法を選択していきます。

肩関節の痛みは、放置すると慢性化したり、他の部位に影響を及ぼしたりする可能性もあります。もしスポーツ中に肩の痛みを感じたら、決して無理をせず、早めに専門医にご相談ください。当院では、経験豊富な医師と理学療法士が連携し、患者さん一人ひとりに寄り添ったサポートを提供いたします。