肘関節の痛み
スポーツ中の肘関節の痛み
スポーツをしている方にとって、肘関節の痛みは、パフォーマンスの低下だけでなく、日常生活にも支障をきたすことがあります。特に野球、テニス、ゴルフ、バレーボールなど、腕や手首を繰り返し使うスポーツでは、肘に大きな負担がかかりやすく、痛みを訴える方が多くいらっしゃいます。
肘関節は、上腕の骨(上腕骨)と、前腕の2本の骨(尺骨、橈骨)から構成される複雑な関節です。この関節は、曲げ伸ばしだけでなく、前腕を回す(手のひらを上や下に向ける)動きも可能にしており、日常生活やスポーツにおいて非常に重要な役割を担っています。しかし、その分、スポーツでの繰り返しのストレスや、急激な負荷によって炎症や損傷が生じやすい部位でもあります。
このページでは、スポーツ中の肘関節の痛みについて、その症状、診断方法、原因、代表的な病気の種類、そして治療法について詳しく解説していきます。肘の痛みに悩んでいる方はもちろん、予防に関心がある方も、ぜひ最後までお読みください。
肘関節の痛みの症状について
肘関節の痛みは、その原因や病気の種類によって様々な症状として現れます。
- 痛む場所: 肘の内側、外側、後ろ側、または全体など、痛む場所は多岐にわたります。時には、前腕や手首、指にかけて痛みが広がって感じることもあります。
- 痛みの種類: ズキズキとした痛み、鈍い痛み、重い感じ、だるさ、鋭い痛みなど、感じ方は様々です。
- 痛むタイミング:
- スポーツ中に特定の動作で痛む: 例えば、野球の投球動作のリリース時、テニスのフォアハンドやバックハンドのインパクト時、ゴルフのスイング時など、特定の腕や手首の動きで痛みが出ることがあります。
- スポーツ後に痛みが強くなる: 運動中はあまり感じなくても、終わってから痛みが強くなるケースもあります。
- 日常生活で痛む: ドアノブを回す、タオルを絞る、物を持つ、パソコンのマウス操作など、普段の生活動作で痛みを感じることがあります。
- 安静にしていても痛む: 夜間、特に寝ているときにズキズキと痛むこともあります。
- その他の症状:
- 可動域制限: 肘を完全に伸ばせない、曲げられない、または前腕を回しにくいなど、関節の動きが制限されることがあります。
- しびれ: 肘の内側を通る神経(尺骨神経)が圧迫されると、小指や薬指にしびれを感じることがあります。
- クリック音、引っかかり感: 肘を動かすときに、カクカクとした音や引っかかるような感覚があることがあります。
- 脱力感: 腕や手に力が入らないような感覚があることもあります。
これらの症状は、ご自身の肘関節に何らかの異常が起きているサインです。放置せずに、早期に専門医の診察を受けることが重要です。
肘関節の痛みの診断方法について
肘関節の痛みを正確に診断するためには、様々な方法を組み合わせて行われます。
- 問診: まずは、患者さんから詳しくお話を伺います。
- いつから痛みがありますか?
- どのような時に痛みますか?(スポーツ中、安静時、特定の動作時、夜間など)
- どのようなスポーツをされていますか?(競技歴、練習量、ポジションなど)
- 過去に肘の怪我や病気の経験はありますか?
- 痛みの場所、種類、程度は?
- 日常生活で困っていることはありますか? これらの情報から、痛みの原因を推測する手がかりを得ます。
- 身体診察: 医師が実際に肘関節を触ったり、動かしたりして、痛みの場所、圧痛の有無、関節の動きの範囲(可動域)、筋肉の張り、神経の圧迫などがないかを確認します。特定の動きで痛みが出ないか、不安定性がないかなども詳しく調べます。例えば、特定の抵抗運動で痛みが誘発されるかを調べることで、どの腱や筋肉が損傷しているかを推測します。
- 画像検査:
- X線(レントゲン)検査: 骨の変形、骨折、関節の隙間の状態、石灰沈着の有無などを確認します。特に成長期のお子さんの場合、骨端線(成長軟骨板)の状態も確認します。
- MRI検査: 骨だけでなく、靭帯、軟骨、筋肉、腱といった軟部組織の状態を詳しく調べることができます。炎症や損傷の有無、水腫(みずたまり)などを確認するのに非常に有効です。特に靭帯損傷や軟骨損傷の診断には欠かせません。
- 超音波(エコー)検査: リアルタイムで関節や筋肉、腱の動きを観察できます。炎症や水腫、腱の損傷などを確認するのに役立ちます。動的な評価も可能で、特定の動作での痛みの原因を探ることもできます。
これらの検査結果を総合的に判断することで、痛みの正確な原因を特定し、患者さん一人ひとりに合わせた適切な治療方針を立てていきます。
肘関節の痛みの原因について
スポーツ中に肘関節が痛む原因は多岐にわたります。主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- オーバーユース(使いすぎ):
- 急激な運動量の増加や、特定の動作(投球、ラケットを振る、クラブを振るなど)の繰り返しによって、肘関節周囲の組織(腱、筋肉、靭帯、軟骨など)に負担がかかり、炎症や損傷が生じることがあります。
- 特に、投球肘やテニス肘、ゴルフ肘など、特定のスポーツに特有の使いすぎによる障害が多く見られます。
- フォームの乱れ、体の使い方:
- 不適切な投球フォーム、スイングフォーム、ラケットの打ち方など、体の使い方に問題がある場合、肘関節に不均等なストレスがかかり、痛みが生じることがあります。
- 体幹の弱さや、肩、股関節、下肢の柔軟性不足なども、肘への負担を増大させる要因となることがあります。全身の連動性が重要です。
- 筋力のアンバランス:
- 肘関節や前腕周囲の筋肉の筋力不足や、特定の筋肉の使いすぎによる筋力差があると、肘関節の安定性が損なわれ、痛みや損傷のリスクが高まります。
- 柔軟性の不足:
- 肘関節や前腕の筋肉、関節包の柔軟性が不足していると、関節の動きが制限され、特定の動作で痛みが生じやすくなります。
- 急性的な外傷、損傷:
- 転倒して手をついたり、衝突したりするなど、急激な外力が肘関節にかかることで、骨折、脱臼、靭帯損傷などが起こることがあります。
- 成長期の骨の変化:
- 成長期の子どもは骨がまだ未成熟なため、スポーツでの繰り返しの負荷によって、骨の成長軟骨板(骨端線)に負担がかかりやすく、炎症や損傷が生じやすいです。
- ウォーミングアップ不足、クールダウン不足:
- 準備運動が不十分なまま激しい運動を始めたり、運動後のケアを怠ったりすると、筋肉や腱に疲労が蓄積し、炎症や損傷の原因となります。
これらの原因が単独で起こることもあれば、複数組み合わさって痛みを引き起こすこともあります。
肘関節の痛みの病気の種類について
スポーツ中の肘関節の痛みで考えられる代表的な病気には、以下のようなものがあります。
- 上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)/テニス肘:
- 肘の外側に痛みが生じる病気です。手首を反らす動作や、指を伸ばす動作に関わる筋肉の腱が、肘の外側にある骨(上腕骨外側上顆)に付着する部分で炎症を起こします。テニスをする人に多く見られますが、テニスをしない方にも起こります(フライパンを振る、タオルを絞るなど)。
- 上腕骨内側上顆炎(じょうわんこつないそくじょうかえん)/ゴルフ肘/野球肘(内側型):
- 肘の内側に痛みが生じる病気です。手首を掌側に曲げる動作や、指を握る動作に関わる筋肉の腱が、肘の内側にある骨(上腕骨内側上顆)に付着する部分で炎症を起こします。ゴルフや野球をする人に多く見られます。
- 野球肘(成長期に特有の病気):
- 成長期の子どもに特有の肘の痛みの総称で、投球動作の繰り返しによって肘に負担がかかることで起こります。
- 内側型野球肘(離断性骨軟骨炎、骨端線離開など): 肘の内側の成長軟骨板や骨に損傷が生じるタイプで、重症化すると手術が必要になることもあります。
- 外側型野球肘(上腕骨小頭離断性骨軟骨炎): 肘の外側の骨の軟骨に損傷が生じるタイプで、進行すると関節が変形し、動きが悪くなることがあります。
- 後方型野球肘(肘頭疲労骨折など): 肘の後ろ側に痛みが生じるタイプです。
- 肘関節内側側副靭帯損傷(ちゅうかんせつないそくそくふくじんたいそんしょう):
- 肘の内側にある靭帯(内側側副靭帯)が、投球動作などの強いストレスによって損傷する病気です。痛みとともに、肘の不安定感を感じることがあります。重度の場合には手術が必要となることもあります。
- 肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん):
- 肘の内側にある神経(尺骨神経)が圧迫されることで、小指や薬指のしびれ、手の筋力低下などが起こる病気です。野球の投球動作や、肘を曲げた状態で長時間固定することで発症することがあります。
- 変形性肘関節症(へんけいせいひじかんせつしょう):
- 肘の軟骨がすり減り、骨が変形していく病気です。スポーツによる繰り返しの負担が原因となることがあり、関節の動きが悪くなったり、痛みが生じたりします。
- 滑液包炎(かつえきほうえん):
- 肘の後ろ側(肘頭)にある滑液包(骨と皮膚の摩擦を軽減する袋)に炎症が起こり、腫れや痛みを生じる病気です。肘を強打したり、繰り返し摩擦が加わったりすることで起こります。
- 成長期の子どもに特有の肘の痛みの総称で、投球動作の繰り返しによって肘に負担がかかることで起こります。
これらの病気は、症状が似ていることも多いため、自己判断せずに専門医の診断を受けることが大切です。
肘関節の痛みの治療法
肘関節の痛みの治療は、その原因や病気の種類、痛みの程度、患者さんの年齢や活動レベルなどによって様々です。当院では、患者さん一人ひとりに合わせた最適な治療プランを提案いたします。
- 保存療法(手術以外の治療法):
- 安静と活動制限: 痛みが強い時期は、一時的にスポーツ活動を制限し、肘関節への負担を減らすことが重要です。しかし、全く動かさないと関節が硬くなることもあるため、医師の指示に従い、無理のない範囲で日常生活を送るようにします。
- 薬物療法:
- 非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs): 痛みを抑え、炎症を和らげるために内服薬や湿布、塗り薬が処方されます。
- 筋弛緩剤: 筋肉の緊張が強い場合に用いられることがあります。
- 物理療法:
- 温熱療法/寒冷療法: 炎症が強い急性期には冷やし、慢性的な痛みには温めて血行を促進します。
- 電気治療(低周波、超音波など): 痛みを和らげ、筋肉の回復を促します。
- リハビリテーション(運動療法):
- ストレッチ: 肘関節や前腕周囲の筋肉の柔軟性を高めます。特に、硬くなった筋肉(手首を動かす筋肉、上腕二頭筋、上腕三頭筋など)を重点的に伸ばします。
- 筋力トレーニング: 肘を安定させるための前腕の筋肉や、肩、体幹の筋肉を強化します。特定の筋肉に負担が集中しないよう、バランスの取れた筋力強化が重要です。
- 動作指導: スポーツ動作(投球、スイング、ラケットの打ち方など)のフォームの改善や、体の使い方を見直すことで、肘関節への負担を減らします。正しい体の使い方を身につけることは、再発予防にもつながります。
- 注射療法:
- ステロイド注射: 強い炎症がある場合に、炎症を抑えるために用いられることがあります。効果は一時的ですが、痛みを軽減し、リハビリテーションを進める上で有効な場合があります。
- 装具療法: 必要に応じて、テニス肘バンドやサポーターなどを使用し、肘への負担を軽減することがあります。
- 手術療法:
- 保存療法を十分に行っても痛みが改善しない場合や、靭帯の完全断裂、遊離体(関節内の骨片や軟骨片)がある場合、骨の変形が著しい場合など、手術が有効と判断された場合に検討されます。
- 関節鏡視下手術: 小さな切開でカメラを挿入し、関節内を直接観察しながら、遊離体の除去、軟骨の処置、滑膜ヒダの切除などを行うことができます。低侵襲で回復も比較的早いのが特徴です。
- 直視下手術: 靭帯の再建(トミージョン手術など)、骨切り術など、関節鏡では対応できない広範囲な損傷や、複雑な病態の場合に行われることがあります。
- 人工関節置換術: 関節の損傷が非常に重度で、日常生活に著しい支障をきたす場合に、人工関節に置き換える手術です。スポーツ復帰が難しい場合もありますが、日常生活の質を大幅に改善できます。
手術が必要となるケースは限られていますが、もし手術が必要と判断された場合でも、患者さんと十分に話し合い、最適な治療法を選択していきます。
肘関節の痛みは、放置すると慢性化したり、他の部位に影響を及ぼしたりする可能性もあります。もしスポーツ中に肘の痛みを感じたら、決して無理をせず、早めに専門医にご相談ください。当院では、経験豊富な医師と理学療法士が連携し、患者さん一人ひとりに寄り添ったサポートを提供いたします。