野球肘
野球肘について
野球肘は、野球における投球動作を繰り返すことで、肘に痛みや機能障害が生じるスポーツ障害の総称です。特に成長期の少年野球選手に多く見られることからこの名前がついていますが、中高生や大人、さらにはソフトボールやテニス、バレーボールなど、肘を大きく使うスポーツをする人にも起こりえます。痛みの部位によって分類され、対処法も変わります。
ボールを投げるという動作は、肩だけでなく肘にも大きな負担をかけます。特に、投球時に肩を思いっきり捻る瞬間やリリースする瞬間には、肘の内側や外側に強い力が加わります。多くが慢性的な発症であり、投球動作の繰り返しによって、肘の関節やその周辺の骨、軟骨、靭帯、筋肉などに炎症や損傷が生じ、痛みとなって現れるのが野球肘です。
成長期は骨や軟骨がまだ発達段階にあるため、過度な負担は深刻な障害につながる可能性があります。また、大人の場合でも、疲労の蓄積や不適切なフォームなどが原因で野球肘を発症することがあります。「たかが肘の痛み」と軽く考えずに、早期に適切な対応をすることが、症状の悪化を防ぎ、早期のスポーツ復帰につながります。
野球肘の症状について
野球肘の症状は、肘のどの部分に問題が起きているか、またその程度によって様々です。初期には、投球時の一瞬だけ肘の内側や外側に軽い痛みを感じることが多いです。 症状が進行すると、以下のような症状が現れることがあります。
- 投球時痛: ボールを投げる際の特定の瞬間に、肘の内側、外側、または後方に鋭い痛みを感じる。
- 安静時痛: 何もしていなくても肘がズキズキと痛む。
- 運動時痛: 投球だけでなく、ボールを握ったり、タオルを絞ったりするような日常的な動作でも肘に痛みを感じる。
- 可動域制限: 肘を伸ばしたり、曲げたりする動きがスムーズにできなくなる。特に、完全に伸ばせない、または曲げられないといった状態になることがある。
- ロッキング: 肘の関節の中で何かが引っかかったようになり、急に動かせなくなることがある。
- 腫れ: 肘の関節やその周辺が腫れて熱を持つことがある。
- 痺れ: まれに、肘から手にかけて痺れを感じることがある。
- 筋力低下: 肘周りの筋肉が弱くなり、ボールを投げる際の球速が落ちたり、コントロールが定まらなくなる。
これらの症状は、単独で現れることもあれば、いくつか同時に現れることもあります。特に成長期のお子さんの場合、痛みを我慢してしまうことがあるため、周囲の大人が注意深く観察することが大切です。少しでも気になる症状があれば、自己判断せずに専門医を受診しましょう。
野球肘の原因について
野球肘の主な原因は、繰り返される投球動作による肘への過剰な負担です。しかし、それ以外にも様々な要因が複雑に絡み合って発症することがあります。
- 投球フォームの問題: 不適切なフォームで投球を続けると、肘の一部分に過度な負担がかかりやすくなります。例えば、肘が下がっている、手投げになっている、体の開きが早い、ボールのリリースポイントが悪いなどが挙げられます。
- 投球数の過多・練習量の過多: 成長期においては、骨や軟骨がまだ十分に発達していないため、過度な投球数や練習量は肘への大きな負担となります。また、十分な休息を取らずに連投することも、疲労の蓄積につながり、怪我のリスクを高めます。
- 筋力不足・柔軟性不足: 肘周りだけでなく、肩や体幹、下半身の筋力不足は、投球動作における肘への負担を増大させます。また、肘関節やその周辺の筋肉の柔軟性が不足していると、スムーズな動作ができず、一部分に負担が集中しやすくなります。
- ウォーミングアップ不足・クールダウン不足: 投球前に十分なウォーミングアップを行わないと、筋肉や関節が十分に温まっておらず、怪我をしやすくなります。また、投球後に適切なクールダウンを行わないと、疲労が蓄積しやすくなります。
- 体の使い方: 投球時だけでなく、日常生活での姿勢の悪さや、体の使い方の癖なども、肘への負担に繋がることがあります。
- 成長期の骨や軟骨の脆弱性: 成長期の子供たちの肘の骨や軟骨は、まだ完全に成熟しておらず、大人に比べて ストレスを受けやすい状態にあります。
- 過去の怪我: 過去に肘を怪我したことがある場合、その部分が弱くなっていたり、代償的な動きによって他の部分に負担がかかりやすくなることがあります。
これらの要因が一つだけでなく、複数重なって野球肘を引き起こすことも少なくありません。
野球肘の種類について
野球肘は、肘のどの部分に問題が起きているかによって、大きく内側型、外側型、後方型に分類されます。
内側型野球肘
肘の内側に痛みが生じるもので、野球肘の中で最も多く見られます。
- 内側上顆炎(ないそくじょうかえん): 肘の内側にある骨の突起(内側上顆)に付着する筋肉や腱が、繰り返しの投球動作によって引っ張られ、炎症を起こすものです。成長期では、内側上顆の骨端線損傷(成長軟骨の損傷)として起こることがあります。
- 肘部管症候群: 肘の内側を通る尺骨神経が、投球動作によって引っ張られたり、圧迫されたりすることで、肘の内側から前腕、指にかけて痛みや痺れが生じます。
外側型野球肘
肘の外側に痛みが生じるもので、成長期の選手に多く見られます。
- 離断性骨軟骨炎(りだんせいこつなんこつえん): 肘の外側の骨(上腕骨小頭)の軟骨が、繰り返しの牽引力によって剥がれたり、壊死(えし:組織が死ぬこと)したりするものです。進行すると、剥がれた軟骨片が関節内を動き回り、ロッキングの原因となることがあります。学童期によくみられ、無症候性のまま病期が進行する場合があるため注意が必要である。
後方型野球肘
肘の後ろ側に痛みが生じるものです。
- 肘頭疲労骨折(ちゅうとうひろうこっせつ): 肘の後ろ側の骨(肘頭)に、繰り返しの投球動作によるストレスが加わることで、疲労骨折を起こすものです。
- 肘頭骨端線離開(ちゅうとうこったんせんりかい): 成長期の選手に見られるもので、肘頭の骨端線が投球による牽引力によって離開(剥がれる)するものです。
- 肘頭インピンジメント症候群: 肘を伸ばした際に、肘頭が肘の関節窩と呼ばれる部分に衝突することで痛みが生じます。
これらの他にも、肘の靭帯損傷や滑膜炎など、様々な病態が野球肘として現れることがあります。正確な診断には、医師による診察やレントゲン、MRIなどの画像検査が必要です。
野球肘の治療方法について
野球肘の治療は、症状の程度や原因、どの部分に痛みがあるかによって大きく異なります。基本的には、痛みを和らげ、肘の機能を回復させ、再発を予防することを目的として行われます。
保存療法
手術を行わない治療法で、初期の軽度な症状に対して行われることが多いです。
- 安静: 痛む動作を避け、肘を休ませることが最も重要です。投球練習はもちろん、日常生活でも肘に負担のかかる動作はできるだけ控えます。
- アイシング: 炎症を抑え、痛みを和らげるために、患部を冷やします。練習後や痛みを感じた時に、15〜20分程度を目安に行います。
- 薬物療法: 痛みや炎症を抑えるために、湿布や塗り薬、内服薬などが用いられます。
- リハビリテーション: 痛みが落ち着いてきたら、肘周りの筋肉の柔軟性や筋力を回復させるためのリハビリテーションを開始します。理学療法士などの専門家の指導のもと、ストレッチや筋力トレーニングを段階的に行います。肘周辺の柔軟性改善やトレーニングはもちろんですが、肩や体幹のトレーニングも肘への負担を軽減するために重要です。投球フォームの改善指導が行われることもあります。
- 注射療法: 痛みが強い場合や、炎症がなかなか引かない場合には、局所麻酔薬やステロイド薬の注射が行われることがあります。ただし、注射はあくまで一時的な痛みの緩和を目的とすることが多く、根本的な治療にはリハビリテーションが重要となります。
手術療法
保存療法で十分な効果が得られない場合や、離断性骨軟骨炎で剥がれた軟骨片が大きい場合、靭帯損傷などが重度な場合に検討されます。手術は剥がれた軟骨片の除去や固定、靭帯の修復などを目的に行われます。
おわりに
手術後のリハビリテーションは、肘の機能を最大限に回復させるために非常に重要です。医師や理学療法士の指示に従い、適切なプログラムを根気強く継続する必要があります。 野球肘の予防には、正しい投球フォームの習得、適切な投球数の管理、十分なウォーミングアップとクールダウン、肘周りだけでなく全身の筋力強化と柔軟性の維持などが重要です。特に成長期のお子さんの場合、指導者や保護者が適切な管理を行い、早期に異常を発見し、適切な対応をとることが大切です。肘に痛みを感じたら、医療機関を受診しましょう。