アキレス腱炎
アキレス腱炎について
アキレス腱は、ふくらはぎの筋肉(腓腹筋とヒラメ筋)とかかとの骨をつなぐ、人体の中でも最も太く、強い腱の一つです。歩く、走る、ジャンプするといった動作において、足首を底屈(つま先立ち)させる重要な役割を担っています。このアキレス腱に炎症が起こった状態がアキレス腱炎です。
アキレス腱炎は、ランニングを行うようなアスリートに多くみられますが、日常生活を送る上でも支障をきたす可能性のある一般的な疾患です。アキレス腱に対して反復的に力加わり、さらに回復時間が不十分な場合にアキレス腱周囲の脂肪疎性組織に炎症が起こりえます。アキレス腱の完全断裂はさらに重篤な損傷といえます。適切な理解と対処を行うことで、症状の緩和や再発予防につながります。
アキレス腱炎の症状について
アキレス腱炎の主な症状は、かかとやつま先立ちをした際にアキレス腱周辺に感じる痛みです。初期には運動後や朝起きた時など、特定のタイミングで痛みを感じることが多いですが、進行すると安静時にも痛みが続くことがあります。
具体的な症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 痛み: アキレス腱やかかとの後ろ、ふくらはぎの下部にズキズキとした痛みや鈍痛を感じます。運動時や運動後に悪化することが多いです。
- 腫れ: 炎症によってアキレス腱周辺が腫れることがあります。熱感や赤みを伴うこともあります。
- 圧痛: アキレス腱を指で押すと強い痛みを感じます。
- こわばり: 特に朝起きた時や長時間座っていた後に、アキレス腱が硬く感じることがあります。
- 運動制限: 痛みのために、つま先立ちやジャンプ、階段の上り下りなどの動作が困難になることがあります。
これらの症状は、炎症の程度や進行度合いによって個人差があります。初期の軽い痛みであっても放置すると慢性化し、日常生活に大きな影響を与える可能性があるため、気になる症状があれば早めに医療機関を受診することが大切です。
アキレス腱炎の診断方法について
アキレス腱炎の診断は、主に医師による問診と理学的検査によって行われます。
- 問診: 患者さんから、いつから、どのような時に、どこに痛みがあるのかといった症状の詳細や、スポーツ歴、既往歴などを詳しく聞き取ります。
- 理学的検査: 医師が実際に患部を触診し、腫れや圧痛の有無、痛みの誘発される動作などを確認します。アキレス腱の柔軟性や可動域、筋力なども評価します。トンプソンテストと呼ばれる足首の動きをチェックするテストでアキレス腱断裂と鑑別されます。
多くの場合、これらの検査で診断は可能ですが、必要に応じて以下の画像検査が行われることもあります。
- 超音波(エコー)検査: アキレス腱の状態(肥厚、断裂、周囲の炎症など)をリアルタイムに画像で確認できます。簡便で非侵襲的な検査です。
- MRI(磁気共鳴画像)検査: より詳細な腱や周囲の軟部組織の状態を評価できます。腱の部分断裂や変性、滑液包炎などを確認するのに有用です。
- レントゲン検査: 基本的にはアキレス腱自体は写りませんが、かかとの骨の変形や骨棘(骨の棘)の有無などを確認するために行われることがあります。
これらの検査結果を総合的に判断し、アキレス腱炎の診断を確定します。また、痛みの原因が他の疾患(例えば、足底筋膜炎、踵骨棘など)によるものではないかを鑑別することも重要です。
アキレス腱炎の原因について
アキレス腱炎の主な原因は、アキレス腱への過度な負荷です。具体的には、以下のような要因が考えられます。
- オーバーユース(使いすぎ): スポーツやトレーニングなどで、アキレス腱に繰り返し過剰な負荷がかかることで炎症が生じます。特に、急激な運動量の増加や強度の高いトレーニングはリスクを高めます。
- 不適切なトレーニング: 準備運動不足、ウォーミングアップ不足、クールダウン不足、間違ったフォームでの運動なども、アキレス腱に負担をかける原因となります。
- 足に合わない靴: クッション性の低い靴や、かかとが低い靴、サイズの合わない靴などを履いて運動することで、アキレス腱に負担がかかりやすくなります。
- 加齢: 年齢とともにアキレス腱の柔軟性や強度が低下し、わずかな負荷でも炎症を起こしやすくなります。
- 柔軟性の低下: ふくらはぎや足首の柔軟性が低いと、運動時にアキレス腱に過度なストレスがかかりやすくなります。
これらの要因が単独で、あるいは複合的に関与してアキレス腱炎を発症します。ご自身の生活習慣や運動習慣を振り返り、原因となりうる要素を把握することが、予防や再発防止につながります。
アキレス腱炎の病態の種類について
アキレス腱炎は、炎症が起こる部位や病態によっていくつかの種類に分類されます。
- アキレス腱炎: アキレス腱自体に炎症が起こるタイプです。腱に小さな断裂や変性が生じ、痛みや腫れを引き起こします。アキレス腱の付着部やアキレス腱中央部に炎症が起こることが多いです。
- アキレス腱周囲炎(パラテノン炎): アキレス腱の周囲は腱鞘(パラテノン)と呼ばれる薄いゼリー状の膜に炎症が起こるタイプです。本来パラテノンはアキレス腱の代謝を助け、保護する役割をしています。この腱鞘と腱の間で摩擦が生じ、痛みを生じます。
これらの分類は、治療法や予後にも影響を与えることがあります。医師の診断に基づいて、ご自身の病態を正確に理解することが大切です。
アキレス腱炎の治療法
アキレス腱炎の治療は、痛みの軽減と炎症の抑制、そして再発予防を目的として行われます。基本的には保存療法が行われます。
保存療法
ほとんどのアキレス腱炎は、手術を行わない保存療法で改善が見込めます。
- 安静: 痛みが強い時期は、患部を安静に保つことが最も重要です。運動や負担のかかる動作は避け、必要に応じて松葉杖などを使用します。
- アイシング: 炎症を抑えるために、患部をアイシングします。1回15〜20分程度、1日に数回行うと効果的です。
- 圧迫: 腫れを抑えるために、弾性包帯などで患部を適度に圧迫します。
- リハビリテーション: 痛みが落ち着いてきたら、アキレス腱やふくらはぎのストレッチ、筋力トレーニングなどを行います。足首の柔軟性や筋力を回復させることで、再発予防にもつながります。
- 薬物療法: 痛みが強い場合には、湿布や塗り薬などの外用薬や、痛み止め(内服薬や注射)が用いられます。
- 注射療法: 痛みがなかなか改善しない場合、炎症を抑えるためにステロイド薬などを注射することがありますが、腱の断裂リスクを高める可能性もあるため、慎重に行われます。
おわりに
アキレス腱炎は、適切な治療とケアを行うことで多くの場合、改善が見込める疾患です。早期に適切な対処を行うことが、症状の長期化や重症化を防ぐために重要です。もし、アキレス腱周辺に痛みや違和感を感じたら、自己判断せずに整形外科を受診し、適切な診断と治療を受けてください。また、日頃から適切なウォーミングアップやストレッチ、足に合った靴を選ぶなど、予防策を講じることも大切です。