手根管症候群
はじめに
手根管症候群は、正中神経が手首にある手根管というトンネル内で圧迫された状態です。それに手首の運動が加わって手根管しょうこうぐんが生じます。手根管は、手首の骨(手根骨)と横手根靭帯(屈筋支帯)によって囲まれた伸び縮みが苦手なトンネルでその中を1本の正中神経と9本の腱が走行しています。何らかの原因で手根管の内圧が高まると、正中神経が圧迫され、特有の症状が現れます。日常生活で頻繁に手を使い作業をする方や、特定の病気を持つ方に多く見られることがあります。早期に適切な治療を行うことで、症状の進行を抑え、快適な生活を取り戻すことが可能です。
手根管症候群の症状について
手根管症候群の主な症状は、正中神経が支配する領域に現れます。具体的には、以下のような症状が挙げられます。
- しびれ: 親指、人差し指、中指、そして薬指の親指側半分にかけて、ピリピリとしたり、ジンジンとしたりするしびれを感じることが多いです。
- 痛み: しびれと同じ領域に、夜間や明け方に強い痛みを感じることがあります。日中も、手を酷使した後や特定の動作をした際に痛みが出ることがあります。
- 感覚麻痺: しびれが進むと、これらの指の感覚が鈍くなることがあります。細かいものをつまむ、触れたものの感触が分かりにくいといった症状が現れます。
- 運動麻痺: 病状が進行すると、親指の付け根にある筋肉(母指球筋)が萎縮し、親指の力が入りにくくなります。ボタンをかける、ペットボトルの蓋を開けるといった動作が困難になることがあります。
- その他: 手のむくみ感、冷感、熱感を感じることもあります。また、手を振ったり、さすったりすることで一時的に症状が軽減することがあります(フリッカーサイン)。
手根管症候群の診断方法について
手根管症候群の診断は、患者さんの症状や既往歴を詳しく問診することから始まります。その上で、以下のような理学的検査や神経生理学的検査などが行われます。
理学的検査
- ティネル徴候(Tinel's sign): 手首の手根管部を軽く叩くと、正中神経の支配領域に放散するようなしびれや痛みが生じるかを確認します。
- ファーレンテスト(Phalen's test): 両手の手の甲を合わせて手首を90度曲げた状態を1分程度保つと、正中神経の支配領域にしびれや痛みが増強するかを確認します。
- 手根管圧迫テスト(Durkan's test): 手首の手根管部を指で圧迫すると、正中神経の支配領域にしびれや痛みが生じるかを確認します。
- 母指外転筋力テスト: 親指を手のひらから垂直に上げる力を測定し、筋力低下の有無を確認します。
これらの検査結果を総合的に判断し、他の類似した病気(頸椎神経根症、肘部管症候群、末梢神経障害など)との鑑別を行いながら、診断を確定します。
手根管症候群の原因について
手根管症候群の原因は、特定できないこともありますが、一般的には以下のような要因が複合的に関与していると考えられています。
- 手首の使いすぎ: 長時間のパソコン作業、手作業、楽器の演奏、スポーツなど、手首を繰り返し使う動作は、手根管内の圧力を高め、正中神経を圧迫する可能性があります。
- 妊娠・出産: 妊娠や出産に伴うホルモンバランスの変化や体液貯留により、手根管内の組織がむくみ、正中神経が圧迫されることがあります。
- 関節リウマチなどの炎症性疾患: 関節リウマチなどの炎症性疾患は、手首の関節や腱に炎症を引き起こし、手根管内を狭くすることがあります。
- 糖尿病: 糖尿病による末梢神経障害の一つとして、手根管症候群を発症することがあります。
- 甲状腺機能低下症: 甲状腺ホルモンの分泌が低下すると、粘液性物質が組織に蓄積しやすくなり、手根管内が狭くなることがあります。
- 外傷: 手首の骨折や捻挫などが原因で、手根管の構造が変化し、正中神経が圧迫されることがあります。
- 腫瘍やガングリオン: まれに、手根管内にできた腫瘍やガングリオンが正中神経を圧迫することがあります。
- 透析: 血液透析を受けている患者さんでは、アミロイドという異常なタンパク質が手根管内に沈着し、正中神経を圧迫することがあります(透析アミロイドーシス)。
これらの要因が単独で、あるいは複数組み合わさって、手根管症候群を引き起こすことがあります。
手根管症候群の病気の種類について
手根管症候群は、原因や症状の程度によって分類されることはあまりありませんが、進行度合いによって以下のように捉えることができます。
- 初期: 間欠的なしびれや痛みが、特に夜間や明け方に現れることが多いです。日中は、手を酷使した後に症状が出ることがあります。
- 中期: しびれや痛みの頻度が増し、日中にも症状が現れるようになります。感覚が鈍くなったり、細かい作業がしにくくなったりすることがあります。
- 後期: 親指の付け根の筋肉(母指球筋)が萎縮し始め、親指の力が入りにくくなります。感覚麻痺が増悪し、日常生活に支障をきたすことが多くなります。
早期に適切な治療を行うことが、症状の進行を食い止める上で重要です。
手根管症候群の治療法
手根管症候群の治療は、症状の程度や原因、患者さんの状態に合わせて、保存療法と手術療法が選択されます。
保存療法
- 安静: 手首の使いすぎを避け、安静を保つことが基本です。
- リハビリテーション: 手首や指のストレッチ、神経の滑りを良くする運動などを行います。
- 薬物療法: 痛みや炎症を抑えるための非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の内服や外用薬が用いられます。またビタミン剤や湿布薬が用いられることが多いです。
- ステロイド注射: 手根管内にステロイド薬を注射することで、炎症を抑え、症状を緩和することがあります。ただし、効果は一時的なことがあります。
手術療法
保存療法で十分な効果が得られない場合や、症状が進行している場合、母指球筋の萎縮が見られる場合には、手術が検討されます。手術の目的は、屈筋支帯を切開し、手根管を広げることで正中神経への圧迫を取り除くことです。主な手術方法としては、以下のものがあります。
手術方法は、患者さんの状態や医療機関の設備、医師の経験などによって選択されます。手術後も、リハビリテーションを行い、手首や指の機能を回復させることが重要です。
おわりに
手のしびれや痛みを感じたら、早めに整形外科を受診し、適切な診断と治療を受けるようにしましょう。日常生活での手の使い方を見直し、予防に努めることも大切です。